みすヾの詩に曲をつけるということ
 金子みすヾの全詩に作曲するということは、まず最初に思うのは『一人の詩人が

生涯かけて創作したその「軌跡」をたどること』です。童話を書こうと決めた日か

らみすヾさんは、体験を自らたどるように、またもう一人の心の中のみすヾに問い

かけるように書き進んだのです。二つ目は、いっぱい思いうかぶことの中から何を

書こうかと考える時、直接目にふれるもの「出会う」人や、雀や、魚や、雲や、空

やそのすべての「在(あ)るもの」「いのちあるもの」になりきって、そこから見つ

めた思いを削れるだけ削り、短い言葉で書いたのです。そして最後の二行いや最後

の一行、さらにはそれさえもはぶいて、結論を広い宇宙へなげだすかのように書い

たのです。三つ目は人生さまざまな生き方を選ぶチャンス、分れ道の点に立ったと

き「これから降る雪はどれがお好き」と(雪に)問いかけ決断をうながすのです。

その三つ目の視点は作曲する上で共通するのです。この詩は読まれるためのものな

のに、どんな作曲が一番この詩に合うのかと何通りものメロディ、リズムの中から

作曲者として「これだ」というものをさぐりあて五線に写します。童話でありなが

ら多くの大人の心をとらえるこのみすヾの詩、だからこそ、三世代でまた家族で口

ずさめるものにしたいと作曲します。

 いくつかの学校で私の「みすヾ」がうたわれるとき、また高齢者の方々が好んで

歌われるとき、そのうたごえを聞いて、私自身の人生に大きなはげみとなるなにか

が燃え上がるのは、人としての「基盤」が共通だという思いです。「そこに山があ

るから登る」というように、515をつくりきる数だけのことでなく、今を生きる

人間として、共に考え生きていきたい希いなのです。

                               大西 進